現存する最古の広報紙から猿払村を読み解く。そして、後世へ。
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現存する最古の広報紙から猿払村を読み解く。そして、後世へ。

北海道猿払村

今回の記事は、村に現存する最古の広報紙を見る機会があったので、今と比較しつつみなさんに猿払村の過去のことを少しでも、伝えたい記事です。

ご紹介遅れました、猿払村企画政策課新家です。今日は私が記事をお届けしていきます。→ プロフィールはこちら。←

村に現存する最古の広報誌は、昭和31年1月20日に発行された第12号となっっています。


なぜ、1号から11号までが存在しないのか理由はわかりませんが、庁舎移転の時なのか、そもそも昔は保管するという意識がなかったのか今では知ることはできません。

第25号までの発行日を確認してみると、毎月発行を目指しつつ少し間が開く時もあります。

想像でしかありませんが、お知らせしたい記事があるときは発行するが、なければ発行しないというスタイル。もしくは、発行したい気持ちがあるものの、職員数の不足や忙しさによって発行が叶わなかったということもあるかもしれません。

第24号から第25号にかけては、1年ほど間が空いています。現在の感覚だとあり得ない気もしますので、理由を知りたいところでもあります。

第1号〜第11号 存在しない
第12号 昭和31年1月20日発行
第13号 昭和31年2月20日発行
第14・15合併号 昭和31年4月20日発行
第16号 昭和31年5月20日発行
第17号 現存しない
第18号 昭和31年9月15日発行
第18号 昭和31年12月10日発行
第19号 昭和32年1月10日発行
第20号 昭和33年2月22日発行
第21号 昭和32年3月10日発行
第21・22号 昭和32年5月10日発行
第23号 昭和32年9月10日発行
第24号 昭和32年11月1日発行
第25号 昭和33年10月10日発行

第12号は1月20日発行ということで、年頭のあいさつから紙面がスタートします。サイズは、B4サイズで両面に記事がびっしりと掲載されています。

2面しかないですが、文字量が多く結構な情報量が詰まっている広報紙と言えると思います。

それでは、目についた記事を一つずつ紹介してきます。

年頭挨拶

村の広報紙なので、村長がメインと思いきや北海道知事のあいさつが紙面のトップかる最も多い字数を割いて掲載されています。

印象的な表現は「戦後10年余りを経た我が国は」というワード。続く底流する厳しい内外の情勢に対処しなければという表現がどんどん成長していかなければという知事の強いメッセージを感じました。

次に村長と議長のあいさつはお二人とも、凶漁水害という最悪の条件にあえいだ昭和30年という表現。1次産業にとってとても厳しい一年だったことが窺えます。猿払村史によると昭和30年はまだ酪農へ転換する前で、厳しい環境の中、大変な苦労のなか農業に取り組まれていたことが想像されます。

人口動態

紙面の左上タイトル横に12月の人口動態が紹介されています。12月に生まれた子は10名。今と比較すると圧倒的に多いですね。死亡は、それほど変わらない印象。

驚くべきは人口で9,176人。一方で、世帯数はそれほどでなく1,742世帯。

一家庭でのお子様の数が多かったでしょうし、2世代3世代同居というご家族が多かったとも思います。

人口は実に現在の3.4倍にのぼります。炭鉱が村内各地に点在して操業していたことから、人口が多く。この後、平山が相次ぎ人口は急激に減少に転じていきます。

衆議院議員選挙人名簿搭載人員確定

昭和30年12月20日現在で確定した基本名簿に搭載された有権者数の記事です。こちらも人口と比例するので当たり前でしょうが、現在と比較するととても多くなっています。

ちなみに、今は地名が残っておらず人も住んでいない石炭別という地区に89名の方が住んでいるのが炭鉱が猿払にあったことを感じさせます。

新主要食糧購入通帳交付

昭和31年米穀年度に於て使用する新主要食糧購入通帳については次の通り取り扱うのでご了知願います。

この文章を読んだだけではさっぱりなんのことかわからないので調べると、おそらく少し言葉が違うものの米穀配給通帳のことかと思います。

食料が配給だった時代があったとは、歴史で学んだつもりでしたが戦後10年を経っても利用されていたと、また昭和56年まで制度自体は残っていたということにも驚きました。

米穀配給通帳(べいこくはいきゅうつうちょう)とは、1942年昭和17年)4月1日から、日本において食糧管理制度の下で配給を受けるために発行されていた通帳であった。1981年(昭和56年)6月11日食糧管理法の改正により廃止された。

消防団員の勤続表彰

1月に例年開催される出初式にて団員の5年以上の勤続者を表彰したという記事。その脇にには、現在を観られなくなった登梯式の様子が小さいながらも写真付きで紹介されている。

華麗な登梯式は衆人の目を奪った。と表現され、一度は観てみたかったと思ってしまいました。

社会愛隣人愛三題

このタイトルを見ても、ピンときませんでしたが中見出しで今も昔も困っている方を支える取り組みがあったんだとわかりました。

1 第5回NHK歳末助けあい募金

こちらは、令和3年度に71回目を迎え今尚続く助け合い募金。昭和30年は、12月6日から12月26日にかけて全国的に取組みました。

猿払全体で、9,150 円の募金協力があったと掲載されています。今のお金に換算するとどれくらいの価値なのか気になるところですが、募金の価値に大小をつけようとすること自体が野暮なことですね。

2 生活困窮者に愛の手

鬼志別婦人会が生活困窮者に対し歳末に際し、せめて明るい正月を迎える様と村と社協を通じて衣類と現金を添え寄贈せられたので直ちに贈呈の手続きをした。

地域の方々が、地域の生活困窮者の方のために行動されているということに、先人の暖かさを感じる記事です。まずは共助でという、雰囲気が強かったのかも知れませんね。

3 婦人会の美拳

芦野婦人会では、生活困窮が続く夫妻が入院することに深く同情し、自分たちの生活苦を顧みず生活費の一部を割いた見舞金を贈った。

互いに豊かとはいえない状況下でも、助け合って生き抜いてきた先人たちの心の温かさを感じる記事です。

国民健康保険直営診療所長赴任

村民9千人の要望に応じて昭和30年1月建築に着手。近代建築を取り入れ、内容機械器具も完備し、懸念されていた医師の赴任も札幌医大のお力添えで赴任した。

村民の要望の強さが垣間見れる記事となっています。種々不満のあった医療の給付も、総べて円滑に行われる事になる。とお伝えし、国保運営と診療所の利用についてご協力ぅおお願いしています。

成人式終わる

なんと成人の対象者は146名。これには、驚きました。人口規模からしてもとても多く若い方が多い村だったようですね。

祝賀式に引き続いて、婦人会青年会の音頭により座談会、レコード鑑賞会、歌合戦など盛りだくさんの内容でお祝いが行われた様です。

ちなみに、成人式自体は各地域別に行われていた様で、10地区で多い地域では30名、少ない地域でも2名と今では村内全体でも20名程度なのでその多さに改めて驚きました。

救農土木工事は進む

年頭のあいさつで村長や議長が綴っておられた水害被害への対応についての進捗状況について報告する記事。

関係当局の同情と理解によって救農土木工事が実施の段階に移され、完了したこういや現在着工中のものを合わせれば工事金は434万円に達している。

地区と種別としては、豊里、芦野重抜根工事。芦野防風林工事。猿骨農道補修工事。狩別農道補修工事。上猿払農道補修工事。浅茅野農道補修工事。

ただ、これだけでは満足できないということで更に多くの工事を獲得するために、罹災者の皆さんのために努力中なので、開拓者もみなさんも一生懸命働き立派な仕事をしてください。と記事でエールを送っている。

感想文懸賞募集

新有権者として選挙に対する自覚というタイトルで2000字以内が要件。昭和11年1月1日から昭和12年12月31日までに生まれた者が対象。

提出先は東京都千代田区の自治庁選挙本部、果たして村内から応募した方はいたのでしょうか。

賞金が1等2万円。先の募金や工事の記事からすると、結構な価値に相当するのではと推測いたします。

自治講習生募集

将来町村職員として貢献しようとすつ人のために、自治講習生を募集するという記事。

講習期間は1カ年。試験場は旭川市ということが記載されているものの、講習場所がどこかわからないですね。

年齢18歳以上で村長の推薦を受けた者が、入所資格。講習生になることが、自治体職員に必要だったのか、なりやすかった者なのか不明です。

昭和30年度日赤募金

例年行われる日赤募金を今年も2月1日から2月28日まで取り組むという記事。近く運動保身が検討されることとなっていて、目標金額は6万5千円であることが掲載されています。

その後の昭和31年5月発行の16号では、中間集計の結果が掲載されいて、目標金額を楽々と突破する見込みと掲載されています。ちなみに、中間集計では46,720円。

新春の猿沸原野に砲声とどろく

新春を迎えた烈寒の猿払原野に原野に陸上自衛隊名寄駐屯地第三普通科連隊300名が冬季演習のため来村。10日間野営し機銃、迫撃砲、銃火器等による実弾射撃を実施したという記事。

自衛隊員の方々は鍛えられているとはいえ、酷寒かつ風の強い猿払で10日間の野営となるとなかなか厳しい訓練だろうなと想像します。

この記事を見て、昭和30年当時は猿払ではなく猿沸と表記されていることにお気づきかと思います。

私自身、いつどのような経過で表記が変更になったかを今後調べてみたいです。

今月の告知板

現在の広報猿払では、情報広場と題してさまざまな情報を文字中心にお伝えするページがありますが、同じ様な目的を持つコーナーです。

結核予防、火災予防、納税促進、インフルエンザ予防、冬の赤ちゃんの注意、道政の時間、狂犬病予防、回虫駆除、除雪、貯蓄といった内容の記事がずらっと並んでいます。

個人的に面白いなと思ったのは、貯蓄についての記事。行政が貯蓄を呼びかけるというのは現代だとなかなか見られない記事ではないかと思います。

國保通信 受診証の切換について

生活の向上は病気にかかっても安心して医師の診療を受けられる組織があるということと記事では定義しています。お互いに救い合うということを本根の精神として医療費の半額を村で負担する仕組みと紹介。

村一斉に受診証を切り換えることになったので、全員が受け取る様にお願いを最後にしています。皆で支える制度を、しっかりと周知しようとされている記事ですね。

スムーズに切換手続きを行うためと思われる被保険者受診証切換申請書が記事の横に掲載されていて、切取って事前に準備するという工夫も垣間見れます。


まとめ

さて、ここまで猿払村の広報紙のうち現存する最古の12号を読んで記事を紹介してきました。

猿払村の話ですが、私自身知らないことや時代の変遷に驚く内容があったりと発見がございました。

広報には村史に掲載しきれないような細かなネタや、生活に密着した記事なども掲載されていることから貴重な資料となっています。

12号からしか現存していないことは残念ですが、今ある貴重な資料を大切に保管して後世に引き継いでいかなければなりません。

また、2007年以降は猿払村公式ホームページにPDFデータを掲載していますが、それより昔の広報紙は広く閲覧できる状態にはありません。

実際の広報紙を大切に保管するという事に加え、過去全ての広報猿払を電子データ化し広く公表する事で、猿払村の特色や猿払村の歴史などを知っていただくきっかけにできるのではということも考えられますね。

本日は、長い記事に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また、来週の記事でお会いしましょう。


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